先日、初めて5000mのトラックレースに出場した。
学生と、速い大人しか出場しない地元の陸上連盟に登録している選手だけの記録会。
普段のレースとは異なる陸上競技場特有の緊張感を味わったことで、少し変なスイッチが入る気配がしていた。
ウェアの前後に付けた手作りのゼッケン。
招集時に配布される腰ゼッケン。
持参した安全ピン。
利用シューズのチェック。
応援スタンド。
部活生。
親御さん。
このあと走るということ以外はいつもと何もかもが違う。
そんな思いに支配されながら号砲の時を待つ。
変なところに迷い込んでしまった、そんな思いだった。
幸い、ランニングチームの仲間が数名エントリーしており、同じ組で走る予定だったので過度な緊張はせずに済んだ。
記録会の進行が押していたため、スタートする頃には夕方に差し掛かっていた。
火照る身体とぬるい空気。
足元には仲間に借りたNIKEのドラゴンフライ。
試履きなしでぶっつけ本番で借りることにしたスパイク。
手持ちのASICSのソーティーマジックよりは確実に反発が強いため、玉砕覚悟の判断。
いよいよ時間になり、スタートした。
最初のポジション取りは接触に注意して落ち着いて入る。
個人的には前へ前へというよりはなるべく早く1レーンに入りたかった。
敢えて一度流れに飲まれて、自分の調子を確認したかった。
序盤から身体がよく動く実感があった。
マラソンレースはだいたい午前中ということもあり、夕暮れ前のこの時間のレースは新鮮だ。
蒸し蒸しした空気の中、ブルータータンをひたすら蹴り進む。
ブルータータンはなんだか綺麗で好きだ。
普段と違う、スパイクからの反発に心が躍る。
それに加え、ホームストレートのスタンドからの応援、バックストレート後半で仲間からの声掛け。
淡々と過ぎていくように見えるトラックレースにも小さな抑揚はある。
その時、眼の周りに力が入る感覚を覚えた。
と同時に脚の着地衝撃の感覚が薄くなる。
走行路に意識がフォーカスされ、野生に帰った。
そのとき、俺は虎になった。
前を走る選手に対して、真っ直ぐな挑戦心を燃やす。
ライバル視や敵視とは違う、もっと純粋な気持ち。
ただこの人より速く走りたい。
それを繰り返して拾っていく。
脚の感覚は薄いままだ。
疲労を感じづらくなっているのでとにかく前を目指す。
ホームストレートに差し掛かるカーブを終えるあたりの感覚が毎周一番心地よく、まだ感覚が残っている。
虎が降りてきていた。
それが適当な表現かどうかは分からないし、特定の宗教を信仰している為とかそういった背景はない。
走ってる虎は生で見たことないし。
しかし、そのとき虎が降りてきていた。
整えられた競技場のブルータータンを反発力の強いスパイクでグングン進む。
勿論、素人の20代後半男性の走りなので本当に速いわけではない。
あくまで個人的に速いという感覚を持っただけだ。
集中力。
スパイクとの相性。
スパイクの不慣れさ。
時間帯。
身体の調子。
不安要素の無さ。
適度な応援。
部活生のエネルギー。
プライド。
おそらくこれらの要素が複雑なバランスで構成された結果、虎が降りてきたような気分で走ることができたのだと思う。
決してきれいな走りをしたわけではなかったと思う。
自分の力は出し切れたが、実力以上の特別な走りをしたわけではなかった。
スパイクによる推進力を前に飛ばし切れずに上に飛んでしまっていた自覚もある。
ここは伸びしろポイントとして今後取り組んでいく。
ただ、自分ではない何ものかを身体に宿して走る感覚はとても気持ちよかった。
野生動物のようにのびのびと純粋にただ眼の前のことだけに集中して過ごした17分20秒。
この時間に覚えた感覚は今後も大事にしていきたい。
また降りてきたら気持ちよく添い遂げたい。
